今の円安は警戒すべきだろうか。筆者はその必要はないと断言する(写真:Getty Images)/>
日経平均株価は、3月22日に史上最高値を一挙に更新、終値で4万0888円をつけた。その後は4月中下旬までの調整を経て、3万8000円~3万9000円台を中心としたレンジ(範囲)で方向感を欠いた推移となっている。
一方の米国株は、6月に入ってもS&P500種指数が最高値を更新するなど好調だ。他の主要市場と比較しても、最近の日本株の値動きはやや鈍いようにみえる。
■「日銀は円安の行きすぎに対応する」は本当か?
だが、TOPIX(東証株価指数)となると話は別だ。同指数のパフォーマンスは円安の追い風もあり、米国株(S&500種指数)を依然として上回っている(6月7日時点)。
また、TOPIXは7日現在で2755ポイントと、3月22日につけた今年の高値2813ポイントに再度接近しており、日経平均株価の値動きとはやや異なっている。これは日経平均株価の上昇ペースが3月までかなり急速だった分、その反動があらわれたということだろう。日本株の4月以降の相対的な弱さの多くがこれで説明できる。
一方で、5月後半には日本の長期金利が1%の大台を超えて上昇するなど、金利上昇が5月以降の日本株市場で嫌気されているとの見方がある。
確かに日本銀行は、3月にイールドカーブコントロール(YCC)を含めた「異次元の政策手段」をとりやめる政策転換に踏み出した。市場では、その後も円安基調が続く中で、日銀が「円安の行きすぎ」に配慮して、追加利上げや保有国債残高を減らすなどの政策対応を前倒しするとの見方がくすぶっている。
この思惑の前提には、「円安の行きすぎには日銀が対応するはずだ」という考えがあると筆者はみる。支持率低下に直面している岸田政権が、経済メディアなどで論者が批判する「円安・物価高」に神経質になっており、「政治への配慮」から日銀が引き締め政策を前倒しするのでは、との思惑が働いている。5月7日に岸田文雄首相と植田和男日銀総裁が為替動向などについて議論したことも、こうした疑念を強めているようだ。
ただ、そもそも、為替変動に直面して、金融政策の判断が大きく左右されるのは妥当とは言い難い。過去を振り返ると、1985年のプラザ合意後の円高、1998年半ばまでの日本の銀行問題への懸念を背景とした円安など、為替市場が大きく動く場面は複数回あった。
だが、これらの為替変動に対して、当局による金融政策や為替介入が成功したとは言えない。というのも、変動相場制のもとで為替レートをターゲットにして強引に制御しようとして対応しても、機能しないからである。
■植田総裁が円安容認姿勢を変える可能性は低い
仮に、最近の円安を理由に日銀が引き締め政策を強めれば、経済活動やインフレを不安定化させるだろう、と筆者は考えている。もちろん、植田和男総裁をはじめ、日銀はこの弊害を理解しているとみられる。もし、1ドル=160円を超えて投機的に円安が進むといったことなどがなければ、日銀が夏場にかけて金融引き締めを強化する可能性は低いだろう。
2023年4月に就任した植田総裁は、黒田東彦前総裁の政策姿勢のかなりの部分を引き継いだと筆者は位置付けている。「アベノミクスの継続」である拡張的なマクロ安定化政策へのこだわりが、最近までの円安の長期化をもたらしている。円安がインフレ期待を高めて2%インフレの定着を後押ししている。こうした意味で、もし植田総裁が円安容認姿勢を変えるならば、黒田路線からの転換を意味するだろう。
実際には、植田総裁がこうした政策転換を年内に踏み出す可能性は低いだろう。日銀が再利上げに踏み出すとすれば、物価と賃金の好循環が強まっていることを見定めてからでも遅くはないからである。
また、先述のとおり、日本の10年物国債金利は一時1.1%台にまで上昇したが、筆者は、このことは経済実態に応じた金利上昇だと位置付けている。中立金利を意識して利上げしていくという日銀の考えは明確であり、その意味で避けられない金利上昇であり、緩やかな金利上昇であれば経済成長にブレーキをかける可能性は低いとみられる。
仮に、日銀が政治への忖度などから利上げを急ぐことになれば、長期金利は一段と上昇することになり、政策ミスの可能性が高まる。
というのも、エネルギーと食料品を除いたコアCPI(消費者物価指数)などは2024年に入ってから年率2%以下のペースで推移しており、落ち着きつつあるからである。なおも総需要不足が完全には解消されていない中では、今の円安を許容して、企業・家計のインフレ期待を高める余地がまだ大きいとみる。
■現在の円安にもっと冷静になるべき
以上を踏まえると、日銀は、家計の実質所得が持続的に高まることを可能にする「持続的な賃上げ」が起きるまで金融緩和を続けるのではないか。夏場に利上げを急ぐ可能性は低く、「引き続きインフレ期待の定着と名目経済の拡大を促す」と日銀執行部は判断するのではないか。なお筆者は、10月会合(30~31日)での利上げを予想しているが、引き続き緩和的な姿勢をとることに変化はないとみている。
一方、こうした筆者の考えとは異なって、国内の経済メディアなどでは「今は円安が行きすぎている」という論調が目立つ。ただ、アメリカやヨーロッパのように2%を明らかに超える高インフレではない日本において、たとえ1ドル=160円に近づき円安が進んでも、経済へのネガティブな影響は限定的だろう。
ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン氏(現ニューヨーク市立大学教授)も6月2日のブルームバーグテレビジョンとのインタビューで「円安は日本にプラス、パニックの理由でない」と述べているように、現在の円安を懸念する必要はないのだから、われわれはもっと冷静になったほうがよい。
こうした最近の円安進行に対する行きすぎた懸念について、筆者は1990年代後半から2000年代まで金融緩和強化に強硬に反対していた論者の声と似ていると感じている。1990年代半ばから、マクロ安定化政策の失政が続き脱デフレとインフレ安定に失敗した歴史を、われわれ日本人は真摯に振り返るべきだろう。
(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません。当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)
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